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大阪地方裁判所 昭和29年(わ)4475号 判決 1958年5月15日

被告人

阪上信章

外二名

主文

被告人阪上信章を懲役二年に、

被告人阪上忠雄を懲役一年六月に、

被告人和田常蔵を罰金二十万円に

各処する。

被告人和田常蔵において右罰金を完納することができないときは金千円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

但し被告人阪上忠雄に対しては本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は全部被告人阪上信章、同阪上忠雄の負担とする。

本件公訴事実中昭和二十九年十二月二十七日附起訴状記載の業務上横領の点につき被告人阪上信章は無罪。

理由

(罪となるべき事実)

被告人阪上信章は昭和二十五年六月三十日大阪市南区長堀橋筋一丁目三十五番地所在の大阪土地建物株式会社の代表取締役社長に就任し、昭和二十九年九月二十九日退社する迄同社の業務一切を統轄主宰し、退任後は同社の事務引継に従事していた者、被告人阪上忠雄は昭和二十五年四月五日同社の監査役に就任し、昭和二十九年一月十四日退任した者、被告人和田常蔵は計理士として会社登記事務の代行を業としていた者であるが、

第一、被告人阪上信章は昭和二十九年九月下旬頃、前記会社所有に係る奈良市登大路所在の春日ホテル本館並に東館を売却処分しその代金合計三千三百五十万円を右会社に於て業務上預り保管中その頃擅に内金百五十万円を自己の用途に着服して横領し、

第二、右大阪土地建物株式会社に於ては昭和二十九年四月資本金三千二百五十万円を金一億三千万円に増資することとなり、その増資分の引受を株主に割当てたのであるが、結局金二千五百四十九万七百五十円の払込不足を生じて増資手続の完了をなし得ない状態に立至つた結果之に苦慮した被告人阪上信章、同阪上忠雄は同社取締役上田宗三郎、同宮下好季等と相謀り計理士たる被告人和田常蔵に対し右払込不足分に対する払込を仮装して増資手続の完了を依頼したところ同被告人は之を承諾したので茲に於て被告人阪上信章、同阪上忠雄、同和田常蔵は共謀の上、

(一)(1)同年四月十六日大阪市南区末吉橋通四丁目十六番地株式会社兵庫相互銀行大阪支店に於て同支店長島村武夫と意を通じ架空の山根芳夫、山口晃章、中原良太三名を右増資新株引受人としてその株金払込を仮装するため同店から増資登記完了する迄の約束にて金千八百九十二万六千百円の借受けをなし、之を同店に右株金の払込金として預入れたように仕做し以て前記各引受人がその引受株数に応じて株金の全額払込を完了した如く装い同店から前記金額の株式払込金保管証明書の交付を受けて預合をなし、

(2)同日京都市下京区四条通新町東入月鉾町三十九番地株式会社兵庫相互銀行京都支店に於て同支店長小林信行、同次長平野孝雄と意を通じ架空の森田高を右増資新株式引受人としてその株金払込を仮装するため同店から増資登記完了する迄の約束にて金六百五十六万四千六百五十円を借受け之を同店に右株金の払込金として預入れたように仕做し以て前記引受人がその引受株数に応じ株金の全額払込を完了した如く装い同店より前記金額の株式払込金保管証明書の交付を受けて預合をなし、

(二)同月十七日前記の如く山根芳夫外三名の架空の増資新株式引受人がその引受株数に応じた株金全額の払込を完了していないのに拘らず株金全額の払込が完了し前記増資が適法になされた旨の株式払込金保管証明書を他の附属書類と共に大阪市東区谷町二丁目大阪法務局に提出し、同日同局係員をして内容虚偽の前記関係書類に基き同局備付の商業登記簿に前記増資が商法所定の手続により適法になされた旨の不実の記載をさせ、即時之を同局に備付けさせて行使し、

第三、被告人阪上信章、同阪上忠雄は、

(一)昭和二十九年九月下旬頃同人等の実弟で当時大阪製鎖造機株式会社の取締役社長であつた下条正夫、同じく義弟で同社の取締役であつた宮下好季等と共謀の上前記大阪土地建物株式会社が会社債権者に担保に差入れていたその持株たる大阪製鎖造機株式会社株券を被告人等兄弟の為に取得横領しようと企て、前記春日ホテル売却代金を以て会社債権者河本甚蔵外二名に合計四百二十三万円の弁済をなし、担保に差入れてあつた前記株券合計十四万株の返還を受け之を被告人阪上信章が前記大阪土地建物株式会社に於て業務上預り保管中その頃擅に右会社に戻入せず被告人等兄弟の為に着服して横領し、

(二)前記上田宗三郎外右大阪土地建物株式会社取締役数名と共謀の上

(1)昭和二十八年六月頃右会社に於て同会社の第八十二期決算は昭和二十七年十二月一日より昭和二十八年五月三十一日迄であつて同期は利益金なく欠損金千三百八十九万五千七百十五円二十七銭であるに拘らず年三割五分の配当金を株主に配当し得るような架空の利益を計上する為に同期の利益金五百四十三万七千二百三十四円七十三銭を架空に計上した上、昭和二十八年六月三十日から同年七月二十五日までの間株主合計千三百五十七名に対し年三割五分による株主配当金合計二百八十二万六千三百九十六円の配当をなし、

(2)昭和二十八年十二月頃右会社に於て同会社の第八十三期決算は同年六月一日から同年十一月三十日迄であつて同期は利益金なくその欠損金三千九百三十万九千三百九十円九十一銭であるに拘らず年三割五分の配当金を株主に配当し得るような架空の利益を計上する為に同期の利益金八百六十一万五千五百七十八円九銭を仮空に計上した上同年十二月二十九日から昭和二十九年五月三十一日迄の間株主合計千三百八十二名に対し年三割五分による株主配当金合計四百三十七万六千四百七円の配当をなし,

(三)昭和二十九年四月下旬頃前記上田宗三郎外前記大阪土地建物株式会社取締役数名と共謀の上前記第二掲記の如く右会社の増資は金二千五百四十九万七百五十円の払込不足があつた為にこの払込不足分については株券の発行が出来ないのにも拘らず行使の目的を以て大阪市福島区海老江上四丁目二十三番地凸版印刷株式会社海老江工場に発註して大阪土地建物株式会社取締役社長阪上信章の記名押印ある同社株券に前記第二記載の架空株主山根芳夫、山口晃章、中原良太、森田高の各氏名を記入印刷し山根芳夫名義のもの百株券七百九十六枚、五十株券七枚、十株券九枚、一株券二十一枚、山口晃章名義のもの百株券千二百五十枚、五十株券七枚、十株券十二枚、一株券五枚、中原良太名義のもの百株券千七百二十枚、五十株券七枚、十株券十六枚、一株券二十六枚、森田高名義のもの百株券千三百十二枚を作成し以て前記会社株券合計五千二百枚に前記架空株主四名が夫々一株の金額五十円の割合にて株金の払込をした真正株主である旨接続して虚偽の記入をなした上別紙記載の通り同年五月十四日頃から同年八月三十日頃までの間接続して四十六回に亘つて大阪市北区曽根崎上一丁目三十六番地松村衡一方外十ケ所に於て同人外十二名に対し前記四名株主名義の株券中合計四千九百九十九枚を売却並に債務の担保、旧株との交換等の為に交付して行使し、

たものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

被告人等の判示所為中第一の点は刑法第二百五十三条に、第二(一)(1)(2)の点は何れも商法第四百九十一条刑法第六十条に、第二(二)の点は公正証書原本不実記載につき刑法第百五十七条第一項第六十条に、同行使につき刑法第百五十八条第一項第五十七条第一項第六十条に、第三(一)の点は刑法第二百五十三条第六十条に、第三(二)(1)(2)の点は何れも商法第二百九十条第四百八十九条第三号刑法第六十条に、第三(三)の点は有価証券虚偽記入につき刑法第百六十二条第二項第一項第六十条に、同行使につき刑法第百六十三条第一項第六十条に各該当するところ、右商法違反、公正証書原本不実記載、同行使の各罪については所定刑中被告人阪上信章、同阪上忠雄に対しては何れも懲役刑を選択し、被告人和田常蔵に対しては特に同被告人の職業上の欠格条項(公認会計士第四条第二号)を考慮して罰金刑を選択し、右公正証書原本不実記載と同行使、有価証券虚偽記入と同行使との間には夫々手段結果の関係にあるから刑法第五十四条第一項後段第十条に則つて何れも重い夫々の行使罪の刑に従い、以上は刑法第四十五条前段の併合罪であるから、被告人阪上信章、同阪上忠雄に対しては刑法第四十七条第十条に則り最も重き虚偽記入有価証券行使罪の刑に従つて法定の加重をなした刑期範囲内に於て、被告人和田常蔵に対しては刑法第四十八条第二項に則り各罰金の合算額の範囲内に於て夫々主文第一項掲記の各刑を量定して処断すべきところ、被告人阪上忠雄に対しては本件犯行の発意は被告人阪上信章のなすところであり、自らは兄弟の情に絆されて之に加功したものである等諸般の情状に鑑み右刑の執行を猶予するのを相当と認め、刑法第二十五条第一項に則り本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予すべきものとし、被告人和田常蔵に於て右罰金を完納することができないときは刑法第十八条を適用して金千円を一日に換算した期間同被告人を労役場に留置すべきものとし、訴訟費用の負担につき刑事訴訟法第百八十一条第一項本文を適用して全部被告人阪上信章、同阪上忠雄をして負担せしむべきものとする。

なお、本件公訴事実中被告人阪上信章、同阪上忠雄は共謀して昭和二十九年五月中頃大阪市南区長堀橋筋一丁目三十五番地大阪土地建物株式会社に於て、西村徳松に対し虚偽記入に係る山口晃章名義の百株券十八枚の行使をなした点については犯罪の証明十分でないから無罪であるが、右は当裁判所が一罪として認定した判示第三(三)の虚偽記入有価証券行使罪の一部であるから特に主文に於て無罪の言渡をしないものとする。

次に本件公訴事実中被告人阪上信章は大阪土地建物株式会社の代表取締役社長として同社の業務一切を統轄主宰していたものであるがその間昭和二十七年八月頃から昭和二十九年三月頃に亘る間会社所有の現金及び株券を取引保証金に使用して南海証券株式会社外二社を通じて株式信用取引を行い為に総計金五千四百八万九千百二十七円五十銭の取引差損金を生じたところ、之を補填するため、   (一)別紙第二記載の如く昭和二十七年十二月九日頃より昭和二十八年十二月二十八日頃までの間計十七回に亘り擅に自己が業務上保管する会社所有の現金合計千八百三十六万九千二百十七円五十銭及び小切手三枚額面合計千百万円を前記取引差損金の補填として南海証券株式会社外二社に交付して之を横領し、

(二)別紙第三記載の如く昭和二十七年十二月十五日頃より昭和二十八年五月九日頃までの間計十一回に亘り前記の如く南海証券株式会社及び江口証券株式会社に前記取引保証金として差入れておいた会社所有の株券合計二万四千四百株を前記取引差損金計二千四百七十一万九千九百十円の補填としてそのまゝ右両社に交付して横領したものであると謂うのであるが、次の理由によつて犯罪を構成しないものと断ずる。

先ず争点について見ると被告人及び弁護人等は本件取引は会社の定款に基く目的の範囲内に於て会社の業務として信用取引をなしたものであつて被告人阪上信章個人のものではないから本件犯罪は構成しないと主張し、検察官は定款記載の会社の目的たる所謂「証券投資」とは証券の現物取引に限るのであつて信用取引は包合しないものであるとし、結局本件取引は被告人個人のものであるから其の差損金の補填として会社の現金、小切手、株券を流用するのは犯罪を構成するとなすのである。そこで惟うに凡そ株式会社は定款に定めた目的の範囲内に於て権利を有し義務を負うもの、つまり権利能力を有するものであるから、定款の規定はそれ自体法令又は公の秩序、善良の風俗に違反するものであつてはならないことは当然であらねばならないのである。従つてこれに違反するものは定款の規定それ自体は因より之に基く行動は法律的には無効でなければならない。本件大阪土地建物株式会社の定款、殊に事業目的規定について検討すると、押収に係る定款(昭和三十一年裁領第二二三号一〇六)に依れば、昭和二十五年七月十五日の改正によつて事業目的に「証券投資」が追加規定されているのであつて、茲に「証券投資」とは有価証券を買取りそれが売却する取引に依つて会社の金融を図り其の経済を充実せしむる趣旨に出でたものであつて右事実は被告人阪上信章に対する検事作成の昭和二十九年十二月二十四日附供述調書、上田政治に対する当裁判所の証人尋問調書、上田宗三郎(第三回)及び宮下好季(第二回)の当公廷に於ける各供述に徴して明である。従つて証券の売買取引といつた概念の中には証券の現物取引と信用取引とを含むのであるが、右大阪土地建物株式会社の定款規定に「証券投資」が追加された昭和二十五年七月十五日当時に於てはわずかに証券の現物取引の外に証券のローン融資、貸株の制度があつたに過ぎないのであつて証券の信用取引は禁止されていたのである。従つて右証券投資の内容をなす証券売買取引からは信用取引は除外されなければならなかつたのである。然るところ、その後に於ける経済界の事情の変化によつて昭和二十六年六月一日を期して証券の信用取引、即ち取引の当事者に於て買付の全代金又は売付証券を所持していなくとも取引金額の三〇%に相当する現金又は代用証券を委託保証金として提供し、原則として一ケ月を限つて証券の売買を行ひ得る制度が許容されて取引の開始がなされたのであつて右事実は大阪証券取引所昭和二十九年十二月二十日附大阪市警察本部刑事部捜査第二課長宛報告書及び同取引所理事長岡野衛士の鑑定書に徴して明である。そこで本件「証券投資」の規定と信用取引の開始との関係について考察すると、元来会社は定款に定めた目的の範囲外に渉る行為を為す能力を有しないけれども、定款に定めた目的の範囲は之に記載した文言に拘泥して制限的に解釈すべきものではないのであつて其の記載文言から堆理演繹し得べき事項をも包含するものと解すべきのみならず、更に定款に具体的に記載した事業を遂行するに必要な事項も亦目的の範囲内に属するものとして之を為す能力を有するものと謂わなければならない。従つて前掲の如く「証券投資」が有価証券の売買取引によつて会社の金融を図り其の経済を充実せしめる趣旨のものであつて見ればその後事情の変更によつて信用取引も禁止を解かれ許容されるに於ては証券売買取引の一形態である以上右証券投資の概念つまり会社の目的の範囲に属するものといわなければならない。被告人阪上信章が本件信用取引をなしたのは昭和二十七年八月頃から昭和二十九年三月頃迄の間であつて信用取引開始許容後のことであること、同被告人は本件取引以前に十合百貨店及び新内外綿株式会社の株式の買占めを行い之を転売することによつて約一千万円に上る莫大な収益をあげ、該利益は挙げて会社の収益に皈したのであつて被告人個人の収益は毫厘も存しなかつたこと、証券取引の秘密性、機敏性の必要と証券経済界に精通した適確な判断が必要であるため大阪土地建物株式会社では証券の売買取引については社長たる被告人阪上信章にこれを一任し重役会の承認の上でその独断専行がなされていたこと、以上の事実は、上田宗三郎の当公廷に於ける第一、二回各供述、川崎由松、下条正夫、西村徳松(第二回)の当公廷に於ける各供述、一氏袈裟一、宮下好季(第一、二回)の当公廷に於ける各供述、宮下好季に対する検事作成の昭和三十年一月二十七日附供述調書に徴して明である。従つた本件取引は被告人阪上信章が大阪土地建物株式会社の社長として専ら会社の利益を図る目的に出でた業務上の活動であつて被告人個人の為めのものではないと断じなければならない。而かも被告人阪上信章は定款に規定された会社の目的範囲内の行動を認識し、会社々長としてその業務遂行の結果本件取引上の差損金が生じたために会社所有の現金、小切手、株券を流用補填したものであつて、業務上横領罪の犯意を欠くと謂わなければならない。かように考察して来ると爾余の事実関係を判断するまでもなく、被告人阪上信章に対する本件公訴に係る前示犯罪事実は犯罪を構成しないから刑事訴訟法第三百三十六条を適用して同被告人に対し無罪の言渡をなすべきものとする。

仍て主文の通り判決する。

(裁判官 竹沢喜代治)

(別紙第一乃至第三略)

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